幼い頃から自分はどこか周りとは異質で劣った人間だと感じはじめる

私は幼少の頃から、
気がついた頃には「自分は周りと違う、劣った人間だ」と感じていました。
例えば、幼稚園に入園するもっと前、
お母さんがママ友同士で集まっておしゃべりをしていて、
他の子たちが元気に遊び回っている間、
私は心を閉ざして隅っこで縮こまっている子どもでした。
ただの人見知りと言われたらそれまでですが、
当時から自分は
周りの他の子とは異質であるという感覚を常に抱えていた幼少時代でした。

スポーツができないのをバカにされ、誰からも理解されないと感じた小、中学校時代

もちろん、幼稚園の頃も他の子とは馴染めず、
一人で、下を向いて遊ぶような子でした。
小学校では勉強もスポーツもできず、
絵だけは得意だと感じていました。
体育の時間は特に憂うつで、
運動音痴の私は、
サッカーなどでミスをする度に
他の子からは
「なにやってんだよバカ!死ねよ!」
と罵倒され、
足が遅いことを馬鹿にされたりもしました。
いつしか私は
人前でスポーツをプレイすることに恐怖を覚えるようになり、
ある日、体育で高跳びをしている時、
自分の番になっても飛ばないでいました。
他の子からまた何かを言われるのが嫌だったからです。
すると、帰りの会で担任の先生が皆の前で私に言いました。
「目時!なんでお前飛ばなかったんだ!皆やってんだろ!」
私は頭が真っ白になり、
全身から血の気が引くのを感じました。
もちろん、ズルをするのは悪いことであるのは言うまでもありません。
でも私がこの時に感じたのは
「理解してもらえないことの辛さ」でした。
「周りからいかにおかしい行動と思われるようなことでも、その人にとっては切実な事情がある」
これは私が大切にしている信念の一つですが、
このような子ども時代の辛い経験から培われたものです。

感情を押し殺すようになる

そして、小、中学生時代は仲が良いと思っていた複数の友人から
「あいつ無視しようぜ」などと言われていじめられたりもしましたし(所謂「ハブられる」)、
皆の前で暴力を振るわれ、
見世物にされたこともありました。
よく毎日学校に通っていたと思います。
今思えば、この頃すでに私は自分の感情を押し殺すようになっていました。

自分は要らない存在なんだと感じ、担任からは「要注意人物」と呼ばれるようになる

高校では一念発起して積極的に友人を作ろうと努力しましたが、
友人だと思っていた人から
「かわいそうだから構ってやってるだけだからな」と言われ、
「やはり自分はいらない人間なんだ」と高校生の私は絶望しました。
ますます私は他人に心を閉ざすようになり、
徐々に学校に行かなくなりました。
すると担任からは「要注意人物」と言われるようになり、
私は同世代の人たちも大人も信頼できなくなりました。
ここに書いた体験は一部に過ぎませんが、
今思えば複数のトラウマが重なって、
その後の私の性格や感じ方、
考え方に影響を与えていたのだと考えることができます。
ネガティブな体験が、ネガティブな世界観を作り上げていたのです。

バンド活動によって一筋の光を見出すようになる

高校は卒業も危ぶまれましたが、なんとか卒業しました。
しかし、私は高校卒業後の進路を決めることができず、
1年間フリーターをした後、
音楽の専門学校に入学したものの、
人間関係に馴染めず2か月で中退することになりました。
しかし、この時の私は音楽と人に救われました。
音楽が好きだった私はその頃バンドを組んでおり、
ボーカルとしてバンドメンバーに自分の声を褒めてもらえるようになりました。
自分の声を受け入れてもらえたことで、
初めて自分を受け入れてもらえた気分になりました。
専門学校で馴染めなくても、
バンドというコミュニティで私は受け入れてもらえました。
この経験は
「自分の内面から表現されたものを認めてもらった経験は、自分自身を認めることに繋がる」
ということを私に実感させました。

心理カウンセラーを目指し大学へ…しかしまたしても…

専門学校退学後、
私は今までの私のように辛い経験をしてきた人を支えられる人になりたいと考え、
心理カウンセラーを志すようになりました。
そして何とか臨床心理学を学べる大学に入学しました。
しかしまたしても、私は集団に馴染むことができませんでした。
もしこの当時に私が病院に行っていたら、
「社交不安障害」あるいは「回避性パーソナリティ障害」
と診断されていたかもしれません。
それくらい人と話すことに緊張し、
不安になり、
人と接する場面を避けていたのです。
それは、それまでの様々なトラウマから、
自分のことを理解してくれる人間など誰もいないと思っていたからです。
この時の私にとって内面を真っ直ぐに表現できる場は、
バンドしかありませんでした。

自分を変えたいと思い猛勉強を始める

このままではいけないと思い、
私は心理学はもちろんのこと、
様々な自己啓発書を読み漁りました。
話すことが苦手だったので、
話し方の本も読んで実践しました。
授業で習った心理療法を自分に実践したり、
自分の問題を改善するために図書館で沢山の本を借りてきては勉強しました。
その中で最も役に立ったものの一つは
ヴィクトール・フランクルの「人生の意味」についての心理学です。
彼は
「人生の意味を知ることができれば、人はどんなことでも乗り越えることができる」
「私たちが人生に意味を問うのではなく、人生が私たちに問うているのだ」
と説いていました。
この考えは、
私が苦しい状況にある時に、
「今自分は人生から何を問われているんだろう」
と考えることに繋がりました。
そうすることで、
私は他者に怒りを向けたり自分の境遇に拘ることなく、
「今、ここ」で行うべきことに集中することができました。
もちろん常に安定した状態でいられたわけではありませんが、
苦しい状況に意味を見出すことは
私が前進するための原動力になったのです

自分を大切にできるようになる

もう一つ、私が立ち直るきっかけとなったのは、
現在でも臨床で使用している
思考場療法(Thought Field Therapy)をはじめとした
タッピングセラピーとの出会いでした。
私はTFTを自分に対して行い、
それまでのさまざまなトラウマや不安を軽減していきました。
不思議なもので、
トラウマや不安といったネガティブな感情を乗り越えると、
人はより自分の気持ちとしっかりと向き合うことができるようになるようです。
自分の気持ちとしっかり向き合うことで、
私はより適切な
「自分を大切にする方法」を身につけられるようになっていきました。
そしてわかってきたことは、
「自分自身を大切にしてあげると、その分自分を大切にしてくれる人が集まってくる」
ということでした。

様々な領域での経験を経てカウンセリングオフィスを設立

私は精神科にて5年、
刑務所にて1年のカウンセラー経験を経て独立し、
カウンセラーの経験や、
自らのトラウマや心理的な辛さを克服した経験をもとに、
2015年にカウンセリングオフィスを設立しました。
幼少の頃から自信がなく、
他人とまともに話せなかった私は、
今では色々な方から
「わかりやすい」と喜んでもらえるセミナーや講座を行い、
精神科勤務時代から数えると、
カウンセリングセッションの回数は
2000回を超えています。

カウンセリングや心理療法を当たり前のものにするために

現在の日本ではカウンセリングがまだまだ身近ではないと感じています。
カウンセリングを受けて本当に楽になるんだろうか?
そう思うのも当然のことと思います。
それでも、
かつての私がそうだったように、
自分が劣っているように感じたり、
人が怖かったり、
トラウマがあって、
どこか人生が上手く行っていないと感じていたら、
まずはぜひ、
勇気をもってカウンセリングいらっしゃっていただきたいと思います。
私のように、
多くの方がカウンセリングやセラピーで
自分の人生を取り戻しているからです。

どうぞ安心してお話しください。
「心の体質」を改善する専門家が、
あなたの人生を癒し、
あなたの本来の人生を歩めるよう、
精一杯お手伝いさせていただきます。